お菓子研究家
猫井登
(Noboru Nekoi)

京都生まれ、大手銀行員からお菓子の道へ。ル・コルドンブルー代官山校。フランスのエコール・リッツ・エスコフィエなどで製菓を学ぶ。著書に「お菓子の由来物語」(幻冬舎ルネッサンス)

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2010.02.02.Tue

チョコレートの歴史3 ボンボンショコラとブランド化

前回もお話ししたとおり、
19世紀半ばにチョコレートは、「飲み物」から「食べ物(板チョコ)」へと大きく変貌しました。
20世紀に入るとチョコレートと他の素材を組み合わせた一口大のチョコレート(ボンボン・ショコラ)が生まれ、専用の箱も考案されます。



その先駆けとなったのがベルギーの老舗「ノイハウス」です。1912年、ノイハウスの三代目ジャン・ノイハウス氏がナッツにアメをからませペースト状にしたプラリネをチョコレートで包んだ一口大のチョコレートを考案したのです。またジャン・ノイハウスの妻ルイーズ・アゴスティーニはバロタン箱と呼ばれるチョコレート専用の箱を考案します。それまでチョコレートはキャンディを入れる円錐型の包みに入れられていましたが、壊れやすかったため、このバロタン箱に一気にとって変わられます。


1970年代になると、チョコレートの高級化路線が始まります。この発端を作ったのが
「メゾン・デュ・ショコラ」の創始者ロベール・ランクス氏。彼は、当時まだ量り売りや簡易包装当たり前であったチョコレートを、エルメスが使用していた高級感のある箱に入れて売ることを始めました。他のチョコレート専門店も追随することにより、チョコレートのブランド化が一気に加速し、1980年頃からは、ショコラティエ(チョコレート職人)自身の名前をチョコレートのブランドとすることが一般化します。

個々のチョコレート職人がブランド化する一方で、自らのもつ高級なブランド力でチョコレート業界に参入する動きもあります。イタリアの高級宝飾店「ブルガリ」や高級ファッションブランドの「アルマーニ」などの参入がそれです。

※2月14日(日)まで10階 催会場におきまして『開店10周年記念 タカシマヤバレンタインランド アムール・ド・ショコラ~ショコラ大好き~』を開催いたしております。

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