その出店は、さらなる発展の時を告げた その出店は、さらなる発展の時を告げた

「ジェイアール名古屋タカシマヤ ウオッチメゾン」プロジェクト 「ジェイアール名古屋タカシマヤ ウオッチメゾン」プロジェクト

時計の針はつねに前へと進み、希望に満ちた未来を刻んでいく。2021年7月27日午前10時、「ジェイアール名古屋タカシマヤ ウオッチメゾン」が上質感あふれる装いでオープンした。初の館外出店、日本最大級の面積・商品の品揃えなど、ジェイアール東海高島屋の新たな歴史の一片となるにふさわしい高級時計ゾーンだ。
このプロジェクトのキーマンとして活躍したメンバーは、畑添、赤堀、長坂の3人。それぞれどのような思い、行動でウオッチメゾンを実現へと導いたのだろうか。

PROJECT MEMBER

畑添 章宏 畑添 章宏

畑添 章宏

フルキャスト(1998年入社)

会社全体の事業計画や予算の編成など
を担当する総合企画部に従事した後、
ウオッチメゾン開業前に営業6部へ
異動。

赤堀 健 赤堀 健

赤堀 健

フルキャスト(2001年入社)

営業第6部。時計、宝石、眼鏡などの
品揃え計画などを立案・実行するほ
か、出店交渉や新規MDの構築も
行う。

長坂 紗織 長坂 紗織

長坂 紗織

フルキャスト(2004年入社)

営業第6部。時計の売場責任者。
売場全体の運営管理、予算の策定を
行うほか、展示内容の計画の立案も
担う。

SECTION 01

時計売場の成長は、
百貨店の成長でもあった

「本館10階フロアで時計を販売していた頃、売場の環境面にはさまざまな課題が存在していました」と口を開いたのは、当時、会社全体の事業計画や予算の編成、店舗の開発計画などを業務としていた畑添。課題のひとつとして挙げたのが、売場スペースの狭さ。同じフロアで大規模なイベントなどが開催された際、人の波や長い行列が時計売場にまで及んでいたという。商品を購入するかどうか、それを決める際はどんなお客さまでも落ち着いた雰囲気の中でじっくりと考えたいもの。高額商品ならなおさらだろう。
しかし当時の売場の状況はそれとはほど遠く、畑添は売り上げの伸びしろがあると睨んだ時計売場の改装に思いを巡らせていた。それは、彼の中にジェイアール東海高島屋をもっと成長させたいという強い気持ちがあったからだ。「最短で成長させるためには、時計売場の面積を広げること」と畑添はいう。その理由は、取り扱う商品の拡大や、お買い物環境の改善をすばやく実践することができるからである。
他に接客サービスのレベルアップや商品数の見直しなどの方法もあったが、調整するまでにとても時間がかかるのだとか。これらのことだけでも、プロジェクトの胎動が窺えるだろう。

SECTION 02

館外出店の難題に、
全社で挑む。

時計売場の強化と、ジェイアール東海高島屋の成長をどう促進していくか。考え続ける畑添に、三菱地所からある提案が持ち込まれた。それが、大名古屋ビルヂングへの出店だ。2つの悩みを抱えていた彼にとって、この提案は絶好のタイミングだった。しかし、すぐに契約とはいかない。出店するうえで、どれほど投資しなければならないか。また売上や利益は、充分に見込めるのか。彼は施設部や営業部と協議を重ね、より正確な改装費を試算しながら、収支目標を決めていった。
全体の収支を見据える際は、他の出店計画で行ったシミュレーションが大いに役に立ったという。ここまでは順調に事は運んだが、出店条件における三菱地所との交渉は別だった。相手は、一流のデベロッパーである。交渉のすべては、相手が提示する条件との戦いだと言っても過言ではないだろう。互いが要求を出し合っては、緩和と譲歩の応酬が続く。時には、会社の役員や仲間と入念に話し合い、コンセンサスを得て打ち合わせに臨んだことも。「特に会社の中期的な収支に響く賃料などの交渉は、責任の重さを感じました」と畑添。その発言から、自分の仕事を必ず全うするという彼の強い覚悟が垣間見えた。

SECTION 03

交渉の壁は、
越えるためにある

三菱地所との厳しい交渉を経て、館外出店の目処がついたのは2019年の終わり。その時期に、ウオッチメゾンのコンセプトも「日本最大の売場面積を擁し、最高の環境・品揃えでお客さまに充分にご満足いただける“ジェイアール名古屋タカシマヤ ウオッチメゾン”」と決まった。これを実現するため、商品の品揃えにおける計画や新規のMD構築などを得意とする営業部の赤堀はある作戦に出た。
それは、ジェイアール東海高島屋に初出店となるブランドを誘致すること。この決断の背景には、某百貨店の存在があった。「競合店は時計の売上高全国1位のポジションにいます。しかも、その百貨店がいくつかのブランドを束ねて出店するといった噂も業界内で流れていたのです」と赤堀はいう。
新規のブランドとの交渉には、長い時間を費やした。ある打ち合わせでは、当社に出店する目先のメリットに留まらず将来の展望まで説明したとか。「相手が何を考え、求めているか。この点を把握し、Win-Winの関係を築くことが大切です」と赤堀は語る。彼はその言葉を行動に移し、見事に新規2ブランドとの契約に成功。最終的には90のブランド、21のショップがウオッチメゾンに集まった。

SECTION 04

正解を作りだした、
独自のルール作り

赤堀が出店ブランドとの交渉に奮闘している一方、業務の主軸を時計売場の運営・管理としていた長坂は、時計売場の機能を大名古屋ビルヂングに移行させる準備に追われていた。館外出店は会社にとって初の試みであり、多くの作業に困難がつきまとう。「特に大変だったのは新たなルール作りです」と長坂はいう。百貨店では社内ルールに則り、売場を運営していくのが基本だ。
しかし館外となれば、出店先のビルのルールにも配慮しなければならない。例えば、伝票処理や商品の発送、お客さまの情報管理だけでもこれまでとは勝手が違ってくる。「どこまでなら当社のルールで通用するのか。しないのなら妥協点はあるか。その調整に、とても時間がかかったことを覚えています。初めてのことなので何が正解かもわかりませんでした」。そう口にする彼女だが、決して諦めずに各部署のマネージャーとミーティングを重ね、それぞれが担当する部門の上司に確認しながら決めていった。その後も、各部署や取引先などの要望を聞きながら細かな調整をくりかえし遂にルールは完成。大規模な引っ越し作業も、物流グループなどから手厚いサポートを受け苦労の末に完了し、後はオープンを待つばかりとなった。

SECTION 05

来店客の笑顔が、
利益を生みだす

いよいよ、オープン当日。この時を待っていたお客さまは、どれほどいるのだろうか。畑添、赤堀、長坂の心に不安が募ったが、それは杞憂に終わった。店舗の扉が開かれると多くの人が訪れたからだ。「全社がひとつのチームとなって努力したかいがありました。なによりも、多くのお客さまが笑顔で当店のサービスを利用していただいていることに嬉しさを覚えます。
例えば今回、時計に関する豊富な知識をご提供しながらお客さまをもてなす“ウオッチコーディネーター”を起用したのですが、そのコーディネーターとともに各ブランドを巡るお客さまの姿を何度も見かけました」と赤堀。

また各ブランドに併設されている接客スペースやウォッチリペアコーナーも好評だとか。売り上げについても、当初の目標を大きく上回り客足も着実に伸びているという。今後も接客サービスや品揃えの充実を図り、お客さまの支持を高めたい。もっと接客のスキルを磨きたい。世界に誇れる店舗にしていきたい。そう口々に語る3人の言葉は、どれも前向きで頼もしさを感じさせる。
彼ら、彼女が働くウオッチメゾンが、ジェイアール東海高島屋のさらなる発展の入口であることは決して間違いではないだろう。

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